HAMLET [ハムレット] ストーリー

西暦2148年、夏---。
 
 たとえば君は、2つくらい年下の彼女を連れて、ちょっと遅い時間のデートを楽しんでいる。
 軽い食事と少し長めのおしゃべりのあと、腕を組んで街を歩いていると、彼女がアクセサリーショップに行きたいと言い出すのだ。雑誌でよく紹介される店が、すぐ近くにあるという。

「じゃあ、今夜の記念に」

 君が紳士的な笑みを向けると、彼女は君の腕を取って走り出す。「やれやれ」と困った顔をしている君は、実のところ、彼女の小さなおねだりが嬉しかったりする。

 繁華街をぬけて、2本目の小道に入るとその店がある。彼女はショーケースの中を指差して、ちらちらと君の顔を覗き込んでいる。彼女の指先には小さなペンダントがある。 「それ、いいね」と君が言うと、そのペンダントは2つ買い求められることになる。1つは彼女のもの、もう1つは君のものだ。
 およそ店の雰囲気にそぐわない、ちょっと陰湿そうな顔の小男が、ペンダントの入った包みを彼女に手渡す。彼女はすぐにそれを開け、2つのうちの1つを君に渡すのだ。

 こうして君は『LUNAR TEARS』を手に入れる。ペンダントについた小さな縞めのうのような石が、最近はやりの幸せを呼ぶ石なのだ。
 君はペンダントを眺める。『月の女神の涙』と名付けられた石は、雑誌の裏表紙にある広告の写真よりも遥かに美しく輝いている。
 君はペンダントを裏返す。そして、銀製の台座の裏に『HAMLET 2148』という掘り込みを見つけるのだ。

「HAMLET?」

 君は小さくつぶやく。すると、先ほどの小男が、君に聞こえるか聞こえないかの小さな声で語りかけるのだ。

「そいつを掘り出している月の施設ですよ。・・・なぁに、たいした場所じゃない。頭でっかちの学者先生が送り込まれて、『ああでもない、こうでもない』とやっている場所なんですよ」

 君は彼女と一緒に店を出る。見上げると、酸性雨明けの空にいくぶん黄色みを帯びた月が浮かんでいる。

「月の女神か・・・」

 つぶやく君の腕を引っ張って、彼女はまた、君を別な場所へ連れて行こうとする。
 そして君の興味は、月でも月の女神でもなく、目の前の女神に移っていくのだ。

 だから、君は決してしることはない。そこで何が起こっているのかは---。

 

西暦2148年、10月17日---。

「くそったれめ!」

 室長は、カラの灰皿をコンソールに投げ付ける。
 スタッフは、一瞬ハッ!として緊張感を取り戻し、ディスプレイを覗き込むが、そこには何もあらわれてはいない。
 室内の空気はすぐによどみ、スタッフの意識はまた薄らいでいく。室長は椅子に座り、今日20本目のタバコに火をつける。右足はすぐに貧乏揺すりを始め、彼は、今夜も帰れない自分を不憫に思う。窓越しに空を見上げると、ちょうど雲の切れ目から月が顔を覗かせた。
 
 月は、今夜も無言で彼らの頭の上に浮かんでいる。いつもと違うのは、定期連絡が来ないことだけだ。そして昨日と違うことは、その状態がもっと厄介になっていることだけだ。
 ここは『A-MAX SECURITIES』北米支局、月面追跡管制室。
 コントロールセンターに詰め込まれて一週間、室長と5名のスタッフたちは、月の裏側にある研究施設『HAMLET』に、なんとかして連絡を取ろうと懸命になっているのだ。  

「今、目で見ているあの月の、裏側を見ることができればいいのだが・・・」

 そう思いながらも、室長のまぶたは閉じようとしてしまう。彼は目をこすり、必死に眠気をこらえる。朝になれば交代要員が来る。それまでは眠るわけにはいかない。

 「『HAMLET』!・・・なんでもいいから、俺達の呼びかけに答えてくれ!」

・・・・・・・・・・。

 『HAMLET』--”小さな村”と名付けられたそれは、軍需産業を根幹とした総合企業体『A-MAX FACTORIES』の所有物であり、月の資源開発をはじめ、食品、医療品、軍事兵器などの研究開発や、その製造を目的とする施設である。
 数度の入植が行われた結果、ここでは水や食料、各種生活用品の85%が自給され、軍人、工員、研究員、資源採掘員や、それらの家族にいたるまで、千人近い人が暮らす、巨大な月面都市となっている。
 機密保持と安全確保のため、常に最新のセキュリティシステムを導入し、外界から完全に隔離された『HAMLET』は、生活空間から各種工場、農園や資源発掘機構までを備えた永住可能な施設として設計されている。稼働から百年あまりが経った現在、セキュリティ面の問題はすべてクリアされ、わずか数人のスタッフでシステムの全てを監視できるようになっている・・・・そのはずだった。
 「いや、今もそのシステムは動いている。『HAMLET』のファイバーリンクシステムは、各階層のデータをひっきりなしに集め、常にデータを更新しているのだ。通信衛星『サトラップ』も、『HAMLET』からの情報を取りこぼすまいとして、センサーをすべて『HAMLET』に向け、わずか1.5秒のタイムラグで情報を地球に向けて送っている。月の裏側にあるから、天体観測者にも分かるまいが、『HAMLET』という施設は今も動いているはずなのだ」

 ではなぜ、『HAMLET』は俺達の通信に答えてくれないのか?・・・それが彼にはわからない。
 彼に分かっているのは、自分がとてつもなく不幸な男だということだ。
 作業機械の異常動作記録を見つけたのも自分だった。科学スタッフの失踪も、怪生物目撃の第一報も、なぜか、自分が当直の時に送られてきたのだ。

 「・・・ということは、まさか」

 眠りに落ちる寸前、彼はスタッフの言葉で現実に引き戻される。

 「チーフ!『HAMLET』がDレベルまでシャットダウンしました!もう、こちらからの操作は受け付けません!」
 「!!・・・」

 なんてこった・・・。『HAMLET』の連中、あんたら、いったいどうしちまったんだよ!
 あと2週間もすれば、一ヵ月間の休暇が待っていたんじゃないのか?
 こんな時に、ウンともスンとも言わなくなっちまいやがって!

 彼は絶望と哀願の目で天井を見上げる。

 おい。なんとかしてくれ、お偉いさんよ!
 こっちのようすは、非常回線でみんなみえているんだろう??
 たった今、『HAMLET』のデータバンクのコンピューターが『自閉症』になっちまった。
 もう、俺達『SECURITIES』の手には負えんよ・・・。

 地球時間、2148年10月17日、午前2時37分---。
 月面最大の人口建造物『HAMLET』は、ついに連絡不能に陥った---。

 この事態を重く見た『A-MAX FACTORIES』首脳部は、彼らの直結の私設軍隊、『A-MAX CLEANER』の出動を要請したのである。


西暦2148年、10月22日---。

 「やったぜ!・・・ハイスコアだ! ゲームセンターよりはちょっと難しいけど、なれちゃえば簡単、
簡単!楽勝だぜ!」

 コンバットシミュレーターから少年が飛び出してくる。年齢は17、8歳というところか?
鍛えているらしく、体つきはいい。
 その少年に気をとめる男と女がいる。体格のいい30歳くらいの男と、赤く長い髪をした気の強そうな女だ。

 「あんな子供を、仲間に入れるつもりなの? BOSS」
 「シミュレーターの点数はいいし、本人のやる気もある。しかもコンピューターのお墨つきだ」
 「BOSSが言うんだから、しょうがないね。・・・いい子みたいだしさ」
 「MARIAお姉さまが気に入ってくれたか。まずは合格だな」
 「・・・でも、あんな子がJAM MAKERの仲間に」
 「JAM MAKERの名はしばらく封印する。その名は使うな、MARIA」
 「・・・わかったよ」

 男は『HAMLET突入部隊』の隊長、コントラート・V・エイブル。女は同部隊の紅一点、マリア・ハンスフィールド。そして少年は、後に最年少の『A-MAX CLEANER』隊員となる、ジム・ビリントンである。
 まさにこの時、ジム・ビリントンの運命は大きく変わったのだ。

そして、西暦2148年10月31日---。

 ジム・ビリントンを含む6名の『HAMLET突入部隊』は、一路、月面へと向かっていた。
その日はくしくも、HAMLETの作業員が一斉休暇に入るはずの、ハロウィンの日である。

 HAMLETで彼らを待ち受けるものは、一体なんであろうか---。



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